地域紹介
石川県地図
能登ってこんなところ
能登半島は、本州のほぼ中央から日本海に突き出している日本海側で最大の半島です。輪島の朝市、キリコ祭り、九十九湾の遊覧、泣き砂の琴ヶ浜、揚げ浜式塩田(約500年前と同じ製法での塩作り)、千枚田(いわゆる棚田)、輪島塗など観光地としても有名です。
そして能登を語る上で、その豊富な「食」を欠かすことはできません。
風味の良い米をはじめ、能登大納言小豆や能登野菜などの特色ある農産物が豊富で、加えて能登半島の沖合いで暖流と寒流が出会うため、魚の種類も非常に多く、新鮮で旬な食材にあふれています。冬のぶり、加能ガニ、たら、牡蠣をはじめ、多種類の海藻など数えだすときりがありません。
気候も、沖合いを対馬海流が流れていることもあり比較的穏やかで、北陸地方としては降雪も多い方ではありません。
こうしたすばらしい資源を育む四季折々の変化に富んだ風土と人情にあふれる人柄、それが能登。まさに日本の原風景がここにあります。
▼珠洲市 ▼輪島市 ▼能登町 ▼穴水町 ▼七尾市

珠洲市
能登半島の最先端に位置する珠洲市は、三方を海に囲まれ、白砂青松の静かな海と奇岩怪石が連なる荒々しい海、軍艦島と呼ばれる見附島を有し、海から昇る朝日と海に沈む夕陽が同一地点で見られるなど、自然景観が豊富です。昔ながらの揚げ浜式製法の塩や珠洲焼、珪藻土製品などが特産品で、今もなお美しい里山里海が保たれ、豊かな食にも恵まれています。

見附島 見附島
弘法大師が布教のために、佐渡から能登へと渡る際に発見したといわれている。最初に「目についた島」というのが名前の由来。能登のシンボルとしても有名で、先端部分が突き出たその姿から「軍艦島」とも呼ばれている。島の周辺に、レストハウス、園地、遊歩道も整備されていて、夏には海水浴場やキャンプ場が開設され、すぐそばには国民宿舎「のとじ荘」などもある。
揚げ浜塩田 揚げ浜塩田
珠洲市に日本で唯一古来より受け継がれてきた「揚げ浜式」と呼ばれる製塩法で使用される塩浜。約500年前とほとんど同じ方法で、ミネラル豊富な塩が作られる。塩田とは、塩を作るための土地で、岩盤の上に粘土を敷き固め、その上に砂をかぶせてある。
鉢ヶ崎海水浴場 鉢ヶ崎海水浴場
青い海と白い砂浜の海水浴場は県内有数の透明度を誇り、「日本の渚・百選」にも選ばれた鉢ヶ崎海岸にあり、夏は毎日大勢の海水浴客が訪れる。周辺には、ホテル・オートキャンプ場・ケビン・野営場などの各宿泊施設もあり充実したアウトドアライフが楽しめる。さらに、テニスコート・野球場などのスポーツ施設、珠洲焼資料館などの文化施設及び露天風呂が自慢の温浴施設なども近くにある。

●珠洲市役所 産業振興課 瀬戸さん

珠洲市は能登半島の先端に位置しており、絶景街道にも数えられる海岸線など美しい自然が多い地域です。自然の中から生まれた伝統工芸や、キリコ祭りなどの地域文化が根強く残っており、その中でも農業は地域資源を生かした大切な産業の一つとなっています。
「農業でこんなことをやってみたい、こんなことはできないだろうか」といった意欲のある研修生が、実際に農業を経験することで得られる知識や技術は多いでしょうし、農業を通して地域の文化にふれることで、人と人とのつながりも学ぶことができるはずです。これらを一つ一つ積み重ねながら、将来的に地域を支える担い手へと成長していただけたらと切に願っています。
珠洲市役所 産業振興課 瀬戸さん
受入農家(有)すえひろ農業法人 きずな
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輪島市
能登半島の北部にある日本海に面した輪島市は、山地が市域の約8割を占め、80km余に及ぶ海岸線は優れた自然景観を呈し能登半島国定公園に指定されています。また、北方海上に七ッ島、舳倉島があって沿岸漁業の拠点となっています。伝統工芸輪島塗が有名であり、市内では輪島塗の絵付け技法である「沈金(ちんきん)」や「蒔絵(まきえ)」を体験することができます。漁業も盛んで加能ガニの水揚げ高は県内一です。また、輪島の海女は200名ほどになっており一地域としては世界一となっています。

輪島の朝市 輪島の朝市
朝8時には、朝市通りに新鮮な海産物をはじめ干物や野菜、民芸品などの露店が所狭しと道の両側に店開きする。その数約200軒で、奥能登の素朴な人情を感じる朝市。
千枚田 千枚田
高洲山の裾野の1.2haにわたる急斜面に、幾重にも段になった田んぼが広がっている。その数は2,000以上。海に向かって広がる緑の田んぼは、田が幾何学模様のように配され、青い海と鮮やかな風景を作り出す。1枚の田の平均面積はわずか3畳(6m2)ほど。耕耘機も入らない狭さのため、昔ながらの人手仕事で平地の数倍の労力を伴う。千枚田を耕作する白米地区では、後継者不足が深刻だが、千枚田は残したいと保存活動に取り組んでいる。2001年(平成13年)1月29日国の名勝に指定。
大本山總持寺祖院 大本山總持寺祖院
曹洞宗の大本山として瑩山紹瑾禅師により、1321年(元亨元年)に創建された。1898年(明治31年)の大火で境内は焼失し、本山は1910年(明治 43年)神奈川県横浜市鶴見に移り祖院となった。その後の再建で山門、仏殿、などがよみがえり、消失を免れた建物とともに、山門の霊場、根本道場の威厳、今も総ケヤキ造りの風格ある山門や仏殿、宝物館などが残る。座禅体験ができたり、精進料理も食べられる。

●輪島市役所 農林水産課 福島さん(左)・梅田さん(右)

輪島市には、日本三大のうちの一つといわれている朝市があり、近海産の新鮮な魚介や干物、地物野菜などを売る露店が軒を連ねています。また、小さな田が幾何学模様を描いて海岸まで続く白米の千枚田をはじめとする景勝地や、全国的にその名を知られる伝統工芸の輪島塗、街中を勇壮なキリコが練り歩く輪島大祭などの祭があり、輪島でしか体験できない魅力がたくさんあります。
研修中は農業だけでなく、観光業、水産業、地域文化など様々な面から積極的に地域住民との交流を図ってもらい、輪島に興味をもってもらいたいと思います。
輪島市役所 農林水産課 福島さん(左)/梅田さん(右)
受入農家有限会社 川原農産松尾栗園
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能登町
能登半島の北東部に位置する能登町は、丘陵地が町域の約8割をしめ、海岸まで迫っているため海岸段丘の発達が見られます。特に東側の海岸線は屈曲に富んでいるため、九十九湾などの好風景や、天然の良港を形成するなど豊かな自然環境に恵まれています。農林水産業が主な産業となっており、ブランド化された「宇出津港 のと寒ブリ」やブルーベリー、能登牛などが特産品です。また、国指定史跡の真脇遺跡など旧石器、縄文、弥生時代の遺跡が多く残っています。

恋路海岸 恋路海岸
波が穏やかな恋路海岸は悲恋の伝説が伝えられる海岸。その昔、深い恋仲となった2人(鍋乃・助三郎)。鍋乃に思いを寄せる恋仇の罠のため、助三郎は海の深みにはまって命を落とした。鍋乃も助三郎の後を追って海に身を投げ死んでしまうという悲しい恋の伝説が、いつしかこの地「恋路」と呼ぶようになった。この2人の熱い恋に思いをはせ、カップルが恋路海岸の砂浜を歩いている。また、海水浴場としても賑わっている。物語の主人公、助三郎と鍋乃をしのぶ モニュメントや鐘や恋路物語銅像が設置されている。
九十九湾 九十九湾
日本百景の1つである九十九湾は東西1km、南北1.5km周囲13kmの典型的なリアス式海岸。その曲折の多いこと九十九を数えるとしてこの名がついた。点在する緑、透明な水面など日和山からの展望は箱庭を見るように美しく、ぽっかり浮かぶ蓬菜島など美しい景観が見れる。海岸の1部は海中公園に指定され湾口にあるのと海洋ふれあいセンターでは海の自然体験が楽しめる。湾内には、小木港と金沢大学臨海実験所と湾内を巡る探勝遊歩道がある。
星の観察館「満天星」 星の観察館「満天星」
360度見渡すことができる満天の星空と出会えます。県内最大の60センチ大望遠鏡と100人収容のプラネタリウムが星との距離を一層近づけます。

●能登町役場 農林水産課 藤田さん

能登町は、平成17年に町村合併により誕生した町です。現在の人口は約2万人で、高齢化が著しく若者の定住が望まれているため、農業分野においても、既存の担い手農家の育成とともに、新規就農者の発掘、育成などが求められています。そんな中、近年では宮地地区に集中する農家民宿での農業体験など、グリンツーリズムを通じて都市住民との交流が盛んに行われています。また、ブルーベリーや赤崎いちごなど地場産物の地域特産品化を行うなど、新たな農業への取り組みも進めています。
地元の祭やイベントに受け入れ農家の人々とともに参加していただいたりして、農業体験とともに地域住民とのふれあいも楽しんでいただければと思います。
能登町役場 農林水産課 藤田さん
受入農家(農)岩井戸農産二子山牧場有限会社
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穴水町
能登半島の中央に位置する穴水町は、町の大部分が丘陵地と台地で南部と東部が七尾北湾、富山湾に面します。また、能登有料道路の終点であり、輪島市、珠洲市、能登町に向かう分岐点になります。農林漁業が主な産業で、特に牡蛎貝の養殖が盛んで、牡蛎貝やナマコ、栗、ワインなどが特産品です。グルメイベント「まいもんまつり」を開催するなど「まいもん(=美味いもの)の里」として、食の集積地を目指しています。

来迎寺 来迎寺
真言宗の古刹。814年(弘仁5年)に嵯峨天皇の勅願により創建され、「勅定山」の山号を賜る。平安時代末期、平家物語に登場する武将「長谷部信連」の祈 願寺となり、寺号を「来迎寺」として改めた。信連が高倉天皇により賜った観世音菩薩、嵯峨天皇御親筆勅額など多くの寺宝を持つ。境内の庭園は県の名勝に指定されており、特に「来迎寺キクザクラ」は樹齢数100年の古木で、花弁の数が300枚を超えるという。
さとりの道 さとりの道
かつて鋳物で栄えた中居地区は、平安時代から大正末期まで約800年間鋳物で栄えた町。小さな集落の中に隣接する寺院、神社の数をみれば、当時の繁栄がうかがえるでしょう。その仏閣の間を縫うようにして続く石畳の散策路です。
ボラ待ち櫓 ボラ待ち櫓
ボラの習性を利用した独特の漁法でやぐらの上で仕掛けた網の番をする。現在は、観光用に当時のやぐら(高さ8m)を再現したものが設置してある。1889年(明治22年)天文学者ローエルが著者に記した能登らしい風景でも有名。

●穴水町役場 産業振興課 宮下さん

穴水町は、奥能登への玄関口としての役割を担っており、四季折々の豊かな自然と旬の味覚に恵まれた古き良き「日本の原風景」に出合える町です。この町で農業の果たす役割は大きく、「顔が見える能登の食材」のように女性や高齢者でも可能な農業の振興を支援しつつ、農地の健全活用と生産拡大がなされ、地元での雇用や新たな人材として定住につながる取り組みを推進しています。
都市部から来る研修生に、農業体験を通じて農山漁村での暮らしを知ってもらうことが今事業の目的ですが、都市部で育った人や他産業で働いていた人が持つ技術や経験を地域農業に活かすことで、地域の活性化につながればと思います。
穴水町役場 産業振興課 宮下さん
受入農家(有)前田農園有限会社能登ワイナリー
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七尾市
能登半島のほぼ中央に位置し、静穏な七尾西湾をはじめ、豊かな自然環境に大変恵まれています。天然の生け簀七尾湾では、日本海側最大のカキの養殖が行われるなど日本海の幸が豊富。開湯1200年を迎える名湯・和倉温泉は、能登半島最大の観光地として多くの観光客が訪れるほか、能登演劇堂、能登島ガラス美術館、木製建具などの芸術・伝統文化も盛んです。

来迎寺 和倉温泉
全国的にも珍しい海の温泉郷で能登観光の拠点として年間160万人を超える浴客が訪れる。地名の由来は、湯の涌く浦、涌浦と呼ばれたことによる。約1,200年前、1羽の白鷺が傷ついた足を温泉で癒しているのを漁師が見つけたのが始まりと伝えられている。能登の素朴さとやさしい人情にあふれるもてなしは、四季それぞれの味覚とともに訪れる観光客を十分に満足させる。
来迎寺 のとじま水族館
日本海側でジンベエザメが見られるのはのとじま水族館だけ。目の前を悠然と泳ぐ神秘的な姿をパノラマ大水槽で、日本海側最大規模の水槽。能登半島近海の魚介類を中心に、約500種4万点を展示。イルカ・アシカショーをはじめラッコのお食事タイム、星空のショーなどの多彩なショーなどがある。また、夏には公園内ビーチで「イルカとのふれあいビーチ」も開催。
ボラ待ち櫓 長谷川等伯
狩野永徳、海北友松、雲谷等顔らと並び桃山時代を代表する絵師で、1539年(天文8年)、能登国の戦国大名・畠山氏の家臣である奥村文之丞宗道の子として能登国七尾に生まれた。七尾駅前には、故郷を旅立ち京都を目指す等伯の銅像が建てられており、 また、七尾美術館には、等伯の代表作である松林図屏風(複製)が展示されている。

●七尾市役所 農林水産課 西野さん

七尾市の主な産業は農林水産業と観光業です。和倉温泉などの旅館では、能登ならではの新鮮な魚と、能登島の赤土で栽培したミネラル豊富な野菜を用いた料理が魅力となっていて、両産業が密接に関係しています。
「能登は優しや土までも」という諺は、能登の恵まれた自然と人々の人柄を表す言葉ですが、人情味あふれる田舎生活は、都市部では忘れ去られた新しいライフスタイルを提供することができると考えています。
この地域で研修することは、受入れ先農家の作業に従事するだけでなく、その集落の共同活動にも参加するということ。能登で生活する意義や価値を見出し、今後の人生に付加価値をつけるきっかけづくりになればと思います。
七尾市役所 農林水産課 西野さん
受入農家高農園スギヨファーム農業組合法人 上畠農業機械利用組合
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